以前、コメントで「ポエムみたいな動画上げるな」というのがあって驚いたことがありました。
私はとても現実主義者です。
頭の中はファンタジーな世界を描いても、現実ではいろんなものを天秤にかける。
理想主義者にはなりきれないんです。
自分のことも好きではありませんでした。
人よりも早く、世界の不条理に触れて嫌気がさして何もかも嫌になっていたのが10代の頃でした。
少し楽しくなったのは二十歳を過ぎた頃でしたし、自分を愛していこうと感じ始めたのもここ数年です。
好きになる第一歩が、嫌いな運動をすることでした。
自分を好きになる方法が分からなかったまま、現実の不安を紛らわすために始めた運動。
運動と言っても最初は家の近くの河川敷を毎日1時間歩くことから初めました。
雨が降る日と強風の日以外は毎日歩いていました。
それを一年続けました。
一年歩いてみたら河川敷は虫も多いし、風も強かったので、少し体力がついた段階でジムに登録して4年目?になります。
正直、今も運動はめんどくさいと思ってしまいます。
それでも不安が押し寄せると、「取り敢えず、ジムに行ってから運動するか考えよう。」と重い腰を上げます。
ジムにつくと、「ここまで来たのが勿体ないから運動して帰るか」ってなります。
自分のメンタルケアにもなっているのが運動です。
だからといって、筋肉を鍛えようと毎回励むわけではありません。
映画を見ながら有酸素運動だけすることもあります。
その瞬間が、自分のために生きている実感がします。
온전히 나를 위해서 사는 느낌이 들어요.
運動が終わって帰ると、スッキリした体。
自分を労わっているのが感じられます。
不思議なもので体力がつくと、心の余裕が少し出てきます。
体力がつくと、困難もなんとか乗り切れると思ってしまいます。
体と心は繋がっているんだと気づきました。
「毎日、12時間労働して運動なんて無理だろ?」と言う方がいたら言いたい。
12時間以上、労働しても私はその日にジムに行って運動しました。
首も腰も、足も痛いし、立ちっぱなしで足はパンパン。
考えるのも限界がきて、クレンジングで歯磨きするレベルでした(笑)
(クレンジングと気づかず泡が立つなと思いながら、暫くはシャカシャカしていたのですが…)
それでもジムに行って泣きながら運動していたこともありました。
置かれた苦しい状況が嫌で、思考を逸らしたかったのもあります。
当たり前ですが、0まで体力を使い切ると何も考えられず眠りについて、次の日もまたなんとか生きていけます。
今考えると、あそこまでやっていたのは本当に心に限界が来ていて追い込んでいたのかも?
運動することで、自分のために生きていると確認したかったのかなとも考えます。
自分を好きになる方法が分からないという人がいたらまずは運動を初めてみるのをおすすめしたいです。
そして、悩みがある人も、自分ではどうしようもない状況に置かれた人も運動をしてみてください。
私は運動で自分を慰めていたんだと、この文を書きながら感じています。


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