愛ってなんでしょうか?

時々考える時があります。

私の世界で一番強くて、いつもそこで私を支えてくれる人の崩れる姿を見たことがありますか?

その時間は凄く静かで、言葉の出ない瞬間です。

私を守っていてくれた柵が一瞬で朽ちていくのを感じます。

自分が凄く小さくなったように感じるけれど、世界は何も変わらず回っていくんです。

時計の針が回るちくたくする音が妙に大きく聞こえます。

ああ、これが大人になっていく過程なんだ。

この世界が構築する不条理を静かに受け入れる時なんだ。

そう納得する時間です。

怒っても、喚いても、何も変わらない瞬間を静かに受け入れて淡々と自分の人生を歩みだすのが、本当の「大人」なのかもしれません。

私の世界で一番強かった人の崩れる姿を見ると、別れは突然来るのかもしれないと気づき、焦りもあったりします。

でも、結論は出ます。

良くも悪くも終わりはくるのです。

大人は、そんな世界の不条理を静かに受け入れ、少しずつ自ら歩む道を固くしていくのです。

そうしなければいけないのです。

でも、今まで凄く温かい愛で守られてい来たんだと分かって感謝が増えました。

私が人として完璧かは分かりません。

ただ、間違えないように努力して日々を一生懸命過ごしています。

最近気づいたことがあります。

10代のころは、自然を見て感動したことがありません。

大人は、春には桜を見にいき、夏は青々した森林を、秋は紅葉を、冬は雪景色を見に出かけますよね。

10代の時も20代の時もなぜあんなに自然を見に行くのか理解できなかったです。

最近やっと分かりました。

吸いきれいな息が首まで満ちて、吐き切るのも大変な「こと」が私を襲うとき人は自然を探します。

自分自身を慰め、癒すために自然を見に行きます。

広大な自然は、自分の悩みを小さくしてくれます。

前に進もうとする力をくれるんです。

誰も助けをくれる人はいないのです。

「自分の人生の主役は自分」というキャッチコピーがありますよね?

私はこの言葉が少し怖いです。

主役であるなら、苦労も困難も全て責任を取らないといけないということです。

それを持ち上げて進まなければならないのです。

自然を見る瞬間は、その荷物を少しおろして一休みする時間だなと感じます。

自然を愛するおばあちゃん、おじいちゃんを見ると今までどんな人生を歩んできたんだろうって気になったりもします。

私もその歳になったら自然と分かることになりますが…。

この世界の人が辛い時でも、小さな幸せを見つけられることをただ願っています。

自分を幸せにできるのは自分だけです。

周りを幸せにできるのも私達だけです。

私も、皆さんが幸せならいいな。

静かな愛がずっと続けばいいな。

この文章に辿り着いたあなたの勇気になることを心から願います。

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